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えいがとんせいにっき

映画ミーハーのとてつもなく浅い世界

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恐るべき愛すべき人類の敵・女の敵、野獣友松直之監督 

只今公開中の友松直之監督の新作ピンク映画「囚われの淫獣」がピンク映画ファンの間で話題になっている、というか波紋を呼んでいるらしい。ま、普通に考えれば上野オークラ劇場に足を運ぶのはピンク映画ファンくらいのものだろうから、"ピンク映画ファンの間で話題になっている"という書き方もちょっとナンなのだけれど、しかしながら本作はピンク映画ファンであればあるほど観ていて"痛々しい内容"であるようだからして、"ピンク映画ファンの間で話題になっている"という表現がやはり正しいかと思う。僕はまだその作品を観ていないのでナンともいえないのであるが、この「囚われの淫獣」はピンク映画でありながら、そのピンク映画の世界(ピンク映画の送り手~ファン、すべて)の抱えている問題点やピンク映画周辺のありがちな風景、風潮、お約束、さらにはピンク映画を盛り上げようというポジティブな思想までをもバッサリ斬っている映画になっているのでないかと想像する。挑発行為?天性の天邪鬼?

ここで友松監督の(星の数ほどある)典型的な主義・主張、その事例をいくつか挙げながら友松監督的思想を紐解いていこうと思う。ちなみにその主張は何十年、いやきっと監督がコドモの頃から一貫していると思われる。

「囚われの淫獣」が多くのピンク映画ファンをドン引きさせているこのタイミングで、おかしなハナシであるがピンク映画関係者とファンが集う楽しいイベント「歌う!ピンク御殿」(命名:後藤大輔監督)に友松監督がはじめて誘いを受け、出演した。友松監督を誘った桜井明弘さんは漢の中の漢だと思う(笑)。普段友松監督が腐す"ピンクな仲間の閉鎖的スモール・オブ・サークル的空間(←すいません、そんなこと友松監督書いてません。今なんとなく自分で浮かびました。実際はそんな風に思っちゃいないですー!)"に放り込まれる友松監督。どう考えてもアウェー。そこで友松監督は歌を歌わずに「レイプの合法化」を高らかに謳うトークを展開したようだ(そのトーク原稿)。友松ファンには馴染みの主張なのではあるが、初めて目にする方だと「なにこれ!」な内容だと思う。何より場が場である(笑)。

野獣 友松直之01

レイプを含めた、ありとあらゆる性犯罪開放主義。

簡単に言えば友松監督が主張している多くの事柄は、そのほとんどが

誰もが心の底では思っちゃいるが、言いたくても言えない、それを言っちゃおしまいよ、この世界では…

的な事柄だ。法律やモラルや倫理観というフタで見えないようにされているような事柄について、である。

この宇宙の成り立ちや魂の行方、我々がどこから来て何処へ向かっているのか?そういったでっかい規模で考えてみると、この世の中で成り立っているような規則や規律っていったいナンなの?って話である。ナンでこれらを守って生きていくような仕組みになっちゃってるの?という。ナンなの?ではあるが、哀しいかな既に"そういうもの"でガチガチになった世界で生まれ生きている我々。もし晴れて"それら"がない、まさに友松監督の理想郷のような、無法地帯的な世界となった場合、この世はどうなってしまうのか?女性は自分の身を守るために強くなるしかない。男性はどうやって女性を手篭めにしようかと試行錯誤する。ある者は武器を作り、ある者はUFOを作って地球から去ってしまうかもしれない。そうやって生き残る者はより賢く、より強靭な人間だけとなるであろう。このサイクルが続けばどうなるのか?ダメ人間が淘汰され、研ぎ澄まされた人間のみが子孫を増やし続けるのである。間違いなくイマ現在の数千倍は進んだ文明社会になるはずである。たとえそがなく、もし人類が滅びてしまったとしても、地球規模で考えると、地球全体がおっそろしいくらいの超自然で溢れ、惑星的には超最高の星になるのかもしれない。自然淘汰のルールを無視し、チマいルールに囲まれてこじんまりと生きている人類には、ジワジワとした終末の訪れはあってもこれ以上の進化は望めないのである。

「ピンク御殿」のトークで友松監督が"少子化問題"と"東日本大震災"をカラめて語っていたことに嫌悪感を抱いた方もいるかもしれないが、現在進行形のこの問題をカラめることは友松監督のテクともいえる。冗談やブラックユーモアとも取れてしまうかもしれないのは仕方がないが、より問題が親身に、身近に考えられる効果は間違いなくある。友松監督はギャグでこういう主張をしているワケではなく、ほぼ本気(マジ)なのであって、実際にそういう生き方をしてきたためにたくさんの人間が友松監督の元を去っていった(著書他より)。ここ1、2年でもあの人やこの人が監督の元を去っていった(ように見える)。ちょっと話を戻すが、東日本大震災。この震災は良くも悪くも(というかほとんど悪いことしかありませんが)次のことを教えてくれた。「つつましく生きていても、突然すべてが終わる」。正直、こういうことは信じたくないないものなのだが、そういうことも考えておかないと生きていけないくらいに我々は打ちのめされた。昔「神様に賄賂を送り天国へのパスポートをねだるなんて本気なのか」という歌があったが、今となっては逆説的に"どれだけ真っ当に生きていてもある日突然いなくなってもおかしくない"という意味にも取れてしまう。いるのかいないのかわからん神様に賄賂を送るようなことはせず、世間一般のタブーを無視した生きザマを実践する友松監督とて、超真剣に僕たちに「レイプしやがれぇ~!」と押し付けているわけではないはず(自分はするかもしれないけど・笑)。とりあえず「男たちよ、もっとエロくあれ!」くらいにニュアンスで我々一般人は受け止めておくのが吉だと思う。

つまり「綺麗ごとばかり言っていては、発展するものも発展しない」ということなのだと思う(こうやって文章にするとちょっと気恥ずかしいですがw)そのためには自分が悪者、嫌われ者になっても致し方なし、というのが友松監督の姿勢なのである。実際、「囚われの淫獣」で(僕らむさ苦しいピンク映画ファンにとってとってもとっても大切な宝物である)女性ピンク映画ファンに対してまで牙を剥くのはどうかとも思えるのだが、"それ"くらいのことで「あたし、もうピンク映画なんて知らない!」みたいになっちゃうピンク映画ファンならわしゃ知らん!ってことなのではないか。映画観てないのでナンとも言えないのですが…。とにかく、世間一般の常識とされている概念をブチ破り、野生に戻り、発展する!それくらいの気合がないとロクな未来はないってことなんだと思う。とにかく僕がこうやって文章にして書くと安っぽくなっちゃうなぁちくしょう!

野獣 友松直之02

実際ピンク映画周辺の閉塞感は、間違いなくあると思う。特にハタから見るとそう見えるのではないか。実際そこに集う我々はとても楽しんでいるし、閉塞感なんてナイと信じたいものであるが、やはり第三者からすれば"ずーーーーっと同じ面子(ファン)が集まってこぢんまりと内輪ノリで盛り上がっている…"そんなイメージを持たれているのではないだろうか(そもそも「我々は」とか「第三者」とか書いている時点で閉塞感をかもし出してしまっているわなぁ)。が、実際は古いピンクファンはいろいろな要因でリタイア(この書き方、ちょっとマズいか)され、その一方で新しいピンク映画ファンが次々と増えてはいる。世代交代というやつだ。いかんせん全盛期のピンクファンの絶対数がバカみたいに多かったために、減った分と増えた分との差は少なくなく、結果ピンクファンの絶対数の規模が縮小の一途を辿っている(ようにしか見えない)わけである。実際縮小しているのだけれど…。友松監督は異端ではあるものの、ピンク映画の作り手としてピンク映画を愛しているのは間違いない。だからこそ「こんなタイヘンな時期にヌクヌクとやってて、そんなピンク映画に未来はあるのか?」とういった憤りを感じているのだと思う。だからこうやって「囚われの淫獣」のような作品やブログ発言等でピンクの世界をアジテートし続けているのだろう。これには痛みも伴う可能性もある。保守派、良識派からは「ナニサマトモマツ」のレッテルを貼られるかもしれない。さらには「もうお前に撮らせるピンク映画はナ~イ!」と最後通告を受けるかもしれない。実際友松監督にはピンク界隈の友達、ほとんどいないんじゃないか?そんな友松監督が凄いところは、それでも仕方がないという姿勢。元カノをストーキングすれば逮捕されるかもしれない、"これ"を言っちゃ友情が失われるかもしれない、"これ"を撮ったらもう映画を撮ることが出来なくなるかもしれない…。友松監督の人生はこれらの繰り返しのように見える。これが使命感なのか、強迫観念なのかは僕は分からない。しかし、友松監督がとてつもなく純粋であることは間違いない。あまりにも純粋すぎるがために自作の出演者に手を出そうとしたりセクハラ発言を繰り返すのは(世間一般の良識から考えて)どうかと思いますが(笑)。

友松監督が綺麗ごとを信じず、どれだけムキダシで純粋で愛のある人間かを垣間見れる文章を勝手にコピペやら書き写して本日記を〆ます。普通の感覚では「それはマズいだろ!」と思えるような発言、行為に隠れた友松監督の純愛を感じて欲しいです。実際これらを読んだときはなんだか泣けたよなぁ。

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<友松監督の愛息・正義君(当時小2)が自分の通う小学校の一年生の女の子に怪我をさせてしまった時の親子の会話より>

学校から電話があり、一年生の女の子にケガをさせたと聞かされた。学校の帰り道、正義が木の枝を剣に見立てて振り回し、その子の目に当ったらしい。正義に問いただせば冗談だったと言う。でも先方はそう思っていないらしい。上級生による通り魔犯罪、という表現を使っていた。上級生の暴力で子どもが登校拒否になったらどうしてくれると騒いでいるらしい。あわてて酒屋で買った野菜ジュースの詰め合わせを持って正義を連れておわびに出掛けたが受け取ってもらえなかった。とにかく頭を下げまくって正義にも謝らせて帰って来た。正義と話した。
「何でそんな事したんや」

(中略)

「君が冗談のつもりでも相手にはそうは思えない事だってあるんや。わかるか」
「うん…」
「三つの約束言ってみろよ」
 正義が物心ついた頃から言わせている事だ。すなわち、弱い者いじめをしない、人のせいにしない、負け犬にならない。さらに三つ付け加えるなら、やりたい事をやる、人に流されない、ウソをつかない、となる。
「向こうが大げさに騒いでいるのはわかるよ。でも君が一年生の女の子にケガさせたのは事実や。これは弱い者いじめやろ。それは最低の人間がやる事やで」
「ぼくがサイテーだったらお父さんぼくの事嫌いになる?」
「ならない。君がどんなに最低でも極悪人でも変態でもお父さんは君を嫌いにはならない。お父さんが君を大好きなのは何があっても変わらない。でも君が最低だったらお父さんは悲しい。悲しいのと嫌いになるのとは違う。それはわかるな?」
「ゴクアクニンって何?」
「極めて悪い人」
「ヘンタイって何?」
「変わった形態の人」
ふうん、と正義は考え込んだ。きっと変わった形態の人について想像しているのだろう。水掻きがあったり羽が生えてたり。「正義(せいぎ)と書いて正義(まさよし)だろ。君を産んだお母さんが付けた名前やで。正義の味方になれとは言わないけど、最低はやめとけよ。ケンカは自分より強い奴とやるんや。三年生とか四年生にケガさせたんなら、お父さん大喜びで謝りに行くのに」
 ぼくたちは突き返された野菜ジュースを飲んだ。トマトとモロヘイヤの変な味のジュースだった。正義も顔をしかめた。
「苦いな。でもこの苦さを覚えとけよ。今日のテーマはこれ。弱い者いじめは最低。最低はお父さんを悲しませる。この野菜ジュースは苦い。オッケー?」
「オッケー」ぼくを産んだお母さんてどんな人?と正義は訊いた。
「前にも話したろ。ソープ嬢やで。セックスしてお金をもらう仕事してた」
「お父さんもお金払ったの?」
「払わへんよ。だってお父さんはお客やないからね。お母さんがお父さんのお客さん(注:監督がやっていたホストのバイト。無論映画作りの資金稼ぎ含む)やった。で、お店が終わった後でホテルでセックスした。コンドームが破れて君が産まれた」
「コンドームって?」
「避妊具。妊娠を避ける道具。ゴム製品。使い方は中学生になったら教えてやる」
「破れて良かった?」と正義が訊いた。

「もちろん。いるのかいないのかわからん神様にいつも感謝してるで。だって君が産まれたんやから」

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<友松監督が昨年末、生前多くのお仕事をご一緒した野上正義さんの追悼上映を敢行した際に書いた日記より>

調布にある東映ラボテックで行われる(「最後のラブドール 私大人のオモチャやめました」の)初号試写とその後の打ち上げの日程は、野上さんにも伝えてあった。そして俺はラボテックに向かう道の途中で川沿いの柵につかまって立ちつくしている野上さんに遭遇する。
「かまわずに先に行ってくれ。ずいぶん早めに家を出てきたんだけど、ちょっともう歩けなくなっちまった。休みながら行くつもりだけど、初号、見られなかったごめんな」
 初号なんかどうでもいいが、そのまま野上さんを置いて行けるわけがない。「背負って行きますよ」俺はラボッテックに続く河川敷を野上さんをおんぶして歩いた。
 脳梗塞の後遺症がどういうものか、俺は知らない。それとも単に老化ということなのか。ともかく野上さんは言語や歩行能力や平衡感覚や神経伝達がすでに正常に機能しなくなっているようだった。野上さんは俺の背中で失禁した。
 俺はいつも迷彩服を着ているのだが、これはもともと野戦服であり戦場で砂塵だらけ硝煙まみれになってこその野良着だ。我々であれば、スタジオのハウスダストやら撮影用の血糊やらといったことになるが、とにかくもとのデザインが染みだらけなのだから、そこに小便の染みがひとつ追加されようがどうということはない。
 薬局でもコンビニでも簡単に買える成人用おむつを野上さんが使わないということは、失禁する自分を認めないということなのだろう。だったら我々はその矜持を重んじて知らぬ顔をするべきだろう。だから俺はそうした。
 老いはきれいごとではない。そもそも人間の存在自体がそうではないか。キレイキレイなコマーシャリズムだけで人間は語れない。我々は愛すべきチンポとマンコの液汁まみれの摩擦結合と快楽の末に結実し、マンコを引き裂いて糞尿にまみれてこの世に這い出して、そして消えてゆく存在なのだ。

 野上さんも死んでしまった。その死体は焼かれて灰になり、もうどこにもいない。この凶悪な現実世界には魂も草葉の陰もあの世もない。メイドロイドもヤリマン星人も、いつでも優しく男を受け入れてヤラせてくれるヒロインがピンク映画の中にしか存在しないように、もう野上さんの姿もピンク映画の中にしか存在していない。

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追伸:これ読んで友松監督が「ヂョー君、アンタ見損なったよサラバ」ってなりませんように…。

ひぃぃ~!!神様仏様(だからそんなの居ないってーの!)


おわり


写真提供:だいちんさん
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Posted on 2011/05/31 Tue. 23:20 [edit]

友松直之  /  TB: 0  /  CM: 0

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